関西本線

<草津線〜加太>
関西本線は、加太越えが有名だった。関西本線には数回行ったのだが、結局有名な大築堤や中在家信号所には行かず仕舞いだった。
中学生では、何度も行くことができず、紀勢本線を走っていたC57後期型も見たいなどの欲が出て、クルマで移動できない中学生には、限られた時間でまわるには、大築堤は遠すぎたのだ。

それでも加太で初めて「候補機」というものを見たときには感動した。
「重連」「候補機」など、機関車(つまり機関士)が力を合わせて列車を押し上げていくというのは、実に人間くさく、アナログで迫力のあるものだ。

神戸からだと、草津線まわりで行くと、草津線のD51にも遭遇するので、コスパが良かった。始発で行っても草津に着くのは8時頃で、草津線のD51客車が到着する、そして加太へ向かう列車でも、手原、石部を次々にD51に牽く客車列車と離合する。ちゃんと撮りたいところだが、降りている時間がない。実に残念なことであった。

柘植で乗り換えて加太に付くとこれまた貴重なC58候補機付貨物と離合なのである。しかし、駅からの発車も迫力があった。先頭の機関車が貨物列車を引っぱって出発した後から、候補機が一生懸命押していく姿がなんともいえない現場感があった。こういうのは、イマドキの観光SL列車では味わえない本物の迫力だ。この貨物は、確か草津線貴生川に信楽線用のC58を回送するためにC58が候補機を兼ねてくっついていたと思う。

その後は大築堤まで行く時間がないので、柘植寄りの築堤や関側のカーブやもう少し先のトンネル向こうまで行って撮ったこともある。
大築堤に行かなかった理由には、もうひとつ、苦労していっても人と同じような写真にしかならないこともあった。
もう取り尽くされているので、さんざん撮られている定番のアングルに収めに行くだけというのがいまひとつ意欲が高まらなかった理由でもある。この頃から、ありきたりの事はしたくないという志向を持っていたようだ。

関方面の写真はあまり見かけなかったので新鮮だった。しかしながら、標準レンズしか持っていない中学生には撮れるアングルは限られていた。

<亀山機関区>
関西線に行くと必ず寄ったのが亀山機関区だ。当時は、中学生でも事務所で名前と住所さえ書けば自由に写真撮影ができた。今では考えられない大らかさだ。
亀山機関区には、当時入れ替え用のC50や信濃工場型と言われたデフや集煙装置を備えたD51498、C57後期型の198、奈良機関区の赤ナンバーほか、今風に言えばプレミアムな機関車がいたのだ。
特にC50なんて、当時ではもうほとんどお目にかかれない代物だった。
機関区沿いの道においしい食堂があったことを憶えている。