播但線

播但線は、最も身近なSL路線だったので、何度か行った。
当時は、姫路寺前間の客車を姫路第二機関区のC11が、姫路-和田山通しの客車と貨物を豊岡機関区のC57が牽いていた。
ここは、溝口付近と生野付近の2ヶ所の鉄道写真ポイントがあったが、最後のC57まで生野には行けていなかった。理由は忘れたが、中学生には遠かったのかも知れないし、C11の列車がいない分列車本数も少なかったのでコスパが悪かったのかも知れない。今となっては、後悔するばかり。

神戸からの始発電車を姫路で乗り換え、播但線のディーゼルカーで溝口へ向かう途中、SLが牽く列車と3回離合するのであった。最初はC11(野崎だったかな?)、次がC57(砥堀?)、そして溝口でもC11の列車と行き違う。それだげで中坊の鉄度ファンには大興奮なのだった。
ちなみに、神戸から姫路に行く一番電車では、ちょうど加古川に着く前に、高砂線の築堤を加古川のC11が牽く貨物列車が通るのに遭遇するのだった。築堤を山陽本線が抜けるので撮影することは出来ず悔しい思いをしていた。
また、加古川には加古川用のC12もいて、姫路からの帰りの車窓からでも見えたのだった。

溝口駅を降りると線路西側、山手の田んぼの道を福崎方面に向かって歩く。途中からは、線路脇を歩いて、2019年現在でも存在する池の横にあった保線小屋のあたりに着く。そこから、福崎まで歩きながら撮影したりもした。
今は、線路脇を歩いていると通報されるかも知れないが、昔は全然平気だった。機関区内も事務所で名前を住所を書けば、中学生だけでも自由に撮影させてくれた。大らかな時代だった。
また、家族で城崎旅行に行った際に、播但線を通ると、何度かSL列車と行き違いをするので、それもテンションが上がった(笑)

当時、神戸の中古カメラ店で、庶民の中学生のお小遣いで何とか安く買ったCOWAというメーカーの一眼レフを使っていたが、これがレンズ交換はできないカメラで標準の50mmでしか撮れなかった。しかし、ピント合わせなど(当時はもちろんAFなどないため)中学生にも使いやすく活躍した。ちなみにカラーは当時流行していたハーフサイズのカメラで撮っていた。とにかく、中学生にとっては、フィルム代、そしてプリント代もばかにならなかった。もちろん、運賃も。だから、頻繁には撮影に行けなかったと思う。
この頃の写真は、撮影の仕方も雑だし(笑)フィルムの保存状態も悪い。

 

*近年の播但線